娘が3歳の誕生日を迎えたころ、ヤマハの営業マンから少々無理して買ったピアノ。
その娘も小学生の頃までは、休みの度に何回も弾いて聞かせてくれましたが、やがて高校生になるころには、ピアノが音を奏でることはなく、単なるリビングの置物でしかなくなりました。
そんな中、我が家の改装工事を思い立ち、設計士と打ち合せを始めると、リビングで場所をとるピアノは、役に立たない厄介者となりました。
そこで、思い切って処分することにしました。
早速、女房の知り合いのMさんに話をすると、幼稚園で先生をしているMさんの娘さんから、
欲しがっている園児がいるので譲って欲しいとの連絡を受けました。
そこで、女房と話し合い3万円で譲ることにしました。せっかくだから調律くらいはしてあげようと思い、知り合いの調律師に家に来てもらいました。
彼がいくらで売ったの?と聞いたので・・3万円です。と答えると・・・噓でしょう。このピアノは人気商品で、最低でも20万円~30万円ほどで売り買いされていると、彼が教えてくれました。
それならばと、その夜に女房と再び話し合い、せめて20万円いや10万円でもいいと、再び申し入れすることにしました。
そうしているうちに、園児の家族から我が家のピアノを見に来たいとの連絡があり、日時を決めました。
当日になり、チャイムが鳴り、玄関のドアが開き、最初に白い杖が見えました。
あ~親御さんは、目が不自由なんだと思いました。ところが、父親に続いて母親も、男の子も視覚障碍者でした。
この子はピアノが大好きで、今日の日を楽しみにしていたこと。自分たちは、貧乏でとても何十万円もする新品は買えないことなど、親御さんが率直に話してくれました。
しばらくして、男の子は、ピアノに向かい曲を弾いてくれました。鍵盤を操る指は、とても視覚障碍者とは思えないほどのさばきで、いつまでも聞き入っていました。
確か「千の風になって」という曲だったと思います。
物悲しい曲だけど、何故か前向きな気分になれました。そして、いつの間にか涙ぐんでいる自分がいました。
女房も少し涙ぐんだ様子でした。二人とも代金アップのことなどはすっかり忘れ、いや恥ずかしくなり、それよりも我が家のピアノがこの子の人生に生きがいを与え、役に立ってくれればありがたいと、思いました。
しばらくして、我が家のピアノは男の子のもとへ運ばれて行きました。
これからのこの子の人生に、多く幸あらんことを祈りました。娘を嫁に出す気持ちで。
風の便りに、我が家のピアノは、今もこの子のもとで多くの音楽を奏でているとのことでした。